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神田日本橋桶工水溜講の石碑とは

神田日本橋桶工水溜講の石碑とは、神田明神境内の魚河岸水神社の社殿近くに立つ、大正13年(1924年)12月建立の石碑です。神田明神公式によると、建立したのは神田日本橋の人々です。

魚河岸水神社とあわせて見る石碑

この石碑は魚河岸水神社そのものではなく、社殿の周辺に立つ記念物。境内で探すなら、魚河岸水神社を位置の目印にすると関係をつかみやすいでしょう。

神田明神公式には、石碑裏に刻まれた人名と当時の町名などの一覧も残ります。表題と裏面をあわせて読むと、建立に関わった人々をたどる手掛かりになるでしょう。

同じ境内案内には、魚河岸水神社加茂能人形山車も掲載。人名を石に残すこの石碑と、祭礼文化を伝える山車は、同じ魚河岸の信仰を異なる形で伝える資料です。

日本橋トピック♪裏面に並ぶ28人の名前

神田明神公式が転記した石碑裏の一覧は28人。その中には「桶彦(日本橋魚市場)」という表記もあり、魚河岸水神社の近くに立つ石碑と日本橋魚市場との接点が見えてくる記録です。

神田日本橋桶工水溜講の石碑に関するよくある質問

石碑の名前にある「水溜講」は何を目的にした講ですか?
神田明神公式は石碑の名称、建立年月、裏面の人名を紹介していますが、講の目的や「水溜」の語義は説明していません。名称から用途を推測することはできません。
石碑裏の28人は全員が桶職人ですか?
神田明神公式の一覧だけでは、28人全員の職業までは確認できません。人名と括弧書きの町名などはありますが、一覧を超えて職業を推定しないのが安全です。

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