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復興小公園とは

復興小公園とは、1923年の関東大震災後、復興小学校に隣接して整備された小公園です。読みは「ふっこうしょうこうえん」。校庭の延長だけでなく、火災の延焼を抑える空間、防災拠点、地域の憩いや交流の場として計画されました。

学校と公園を組み合わせた震災復興

なぜ学校の隣に公園を設けたのでしょうか。関東大震災では、公園や広場が火災の焼け止まりとして働きました。その教訓を受け、東京市は焼失区域に小公園を整備します。学校の隣に置くことで、普段は校庭の延長や教材園、子どもの遊び場、住民の交流場所として使い、非常時には避難や防災を支える設計でした。

日本橋では十思・常盤・久松などが残る

中央区の説明では、区内に復興小公園が10カ所程度現存しています。この地域の代表例は十思公園常盤公園久松児童公園などです。現在の姿は整備や改修を経ていますが、学校と身近な公園を組み合わせた復興計画を街の中でたどれるでしょう。

「復興小公園」は、一つの固有名ではなく、公園群を表す歴史・都市計画上の呼び名。現在の地図では「十思公園」など個別の名称で表示されるため、復興小公園という名前の公園を一つだけ探さないことが見分け方のポイントになります。

日本橋トピック♪52か所が後の公園づくりのモデルになった

東京都によると、東京市が震災復興公園として整備した小公園は52か所。避難場所だけを目的にした空地ではなく、校庭、教材園、遊び場、交流の場を兼ねていました。この多機能な考え方は、後の都市公園や児童公園のモデルへつながったのです。

復興小公園に関するよくある質問

復興小公園は普通の公園と何が違いますか?
関東大震災後の復興事業で、復興小学校に隣接して整備された点が特徴です。校庭の延長、地域の憩い・交流、防災拠点など複数の役割を持ちました。
復興小公園はすべて開設当初と同じ姿ですか?
すべてが当初と同じ姿とは限りません。東京都は関係区による再生を支援し、中央区も十思公園などを整備・改修しながら活用していると説明しています。

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