日本橋北新堀町とは
日本橋北新堀町とは、今の日本橋箱崎町のあたりにあった旧町名です。日本橋川が隅田川へ注ぐ河口近くを流れた「新堀」という堀の北側に沿っていたことから、この名がつきました。読みは「きたしんぼりちょう」。昭和51年(1976年)の住居表示で、地図からはその名が消えています。
今は日本橋箱崎町の一部
北新堀町は、川と川が出会う水辺にひらけた古い町でした。住居表示(住所を分かりやすく整理するしくみ)が昭和51年(1976年)に行われ、隣り合う箱崎町一〜四丁目とまとめられて、今は日本橋箱崎町の一部になりました。
ここで少し意外なのが、その名が消えた時期。村松町や橘町など多くの旧町名が昭和46年(1971年)に姿を消したのに対し、北新堀町が残ったのはそれより5年ほどあと。堀の北を「箱崎島」、南を「霊岸島」(今の新川あたり)と呼び分けた名残も、この一帯の地形にうっすら残っています。
日本橋トピック♪塩と酒の問屋が並んだ、川辺の荷揚げ場
北新堀町の川沿いには「北新堀河岸」と呼ばれる荷揚げ場があり、塩問屋や酒問屋が数多く集まっていたとされています。日本橋川と隅田川が出会う水運の要に近く、船で運ばれてきた塩や酒がここで陸へ揚げられ、江戸の市中へ送り出されていきました。町の名は消えても、物流を支えた水辺の町だった面影が地名の由来に刻まれています。
関連用語
日本橋北新堀町に関するよくある質問
- 「北新堀町」という名前は何に由来しますか?
- 日本橋川の河口近くを流れた「新堀」という堀の、北側に沿った町であることに由来するとされています。川辺には塩や酒の問屋が集まっていました。
- 北新堀町と新川は同じ場所ですか?
- 近い場所ですが別です。北新堀町は新堀の北岸(今の箱崎町側)にあたり、新川は南側の霊岸島と呼ばれた一帯にあたります。
