新大橋・大震災避難記念碑とは
新大橋・大震災避難記念碑とは、大正12年(1923年)の関東大震災のとき、隅田川に架かる新大橋へ逃げてきた人々の命が救われたことを記念して建てられた石碑で、現在の東京都中央区日本橋浜町、新大橋の西詰に立っています。橋の上で命をつないだ人々が、その記憶を後世に残そうと建てたものです。
正式名称:関東大震災避難記念碑(中央区の区民有形文化財〈歴史資料〉としての登録名)
目次
橋が人々を救った日
その日、橋の上では何が起きていたのでしょう。1923年9月1日、関東大震災に続く大火で、隅田川に架かる橋は次々と焼け落ちていきました。そのなかで焼け残った新大橋へ大勢の人が逃げ込み、多くの命が救われたと伝わります。この出来事から、橋はいつしか「人助け橋」と呼ばれるように。
命を救われた人々が建てた碑
碑が建てられたのは、震災から10年の節目にあたる昭和8年(1933年)。橋の上で助かった人たちが「新大橋避難記念会」をつくり、発起人6名と300名を超える寄付によって建立しました。令和5年(2023年)には、中央区の区民有形文化財(歴史資料)に登録されています。
ひとつ気をつけたいのは、今わたしたちが渡る新大橋は昭和52年(1977年)に架け替えられた橋だという点です。1923年に人々を救ったのは、明治45年(1912年)に完成していた当時の鉄橋でした。この碑は橋そのものではなく、橋が人を救った「記憶」を伝えるものなのです。
Topicなぜ新大橋だけ焼け残ることができた?
橋の上に大勢が逃げ込めば、人々が抱えてきた布団や家財に火が移り、橋ごと燃えてしまう危険がありました。新大橋が焼け残ったのは偶然だけではなく、警察官や在郷軍人が、避難してきた人の燃えやすい荷物を川へ捨てさせて延焼を防いだからだとされています。命がけで橋を守ろうとした人の機転が、橋とそこに逃げた人々を救ったのでしょう。
新大橋・大震災避難記念碑に関するよくある質問
- 新大橋はいつ最初に架けられた橋ですか?
- 隅田川に初めて架けられたのは元禄6年(1693年)のことです。その後、明治期に鉄橋へ、昭和52年(1977年)には今の橋へと姿を変えてきました。碑が伝えるのは、鉄橋時代の出来事です。
- 「大震災」とは、いつのどんな災害を指しますか?
- 大正12年(1923年)9月1日に関東地方を襲った関東大震災を指します。地震に続く大火のなかで、橋へ逃げた人々が助かったことを記念しています。
